☆が望む永遠へ

無料で配布され、対価を求めていないソフトウェア
一般的に「フリーソフト」と呼ばれている物があります。

これはあくまで製作者が「自分が使いたいソフトを作った」
もしくは「プログラムの勉強(研究)として作った」物を、
善意で公開している物であり、作者には何の義務も責任もありません。

シェアウェアも
「気に入って使うのであれば、開発にかかった負担をシェア(共有)して欲しい」
という考え方で作られています。

どちらにも言える事なのですが
気に入らなければ、使わなければ良いのです。

フリーソフトに文句(意見ではない)を言う人がいます。

暴論ですが、「各自が金ではなく、知恵と時間を使いパソコンを快適にする道具」が
フリーソフトであり、知恵と時間を使いたくなければ、お金を払えばいいのです。
個人相手でも、好みのソフトをオーダーメイドで作成してくれる会社はありますから。



有名な窓の杜には
ひぐちたかしのオンラインソフトよもやま話というコラムがあります。

企業の援助を受けた(このサイトはimpressグループの1つです)
サイトの、管理者の立場の発言とは思えません。

個人の立場で発言するのは、言論の自由ですので、何とも思いませんが・・・

富士通の秋草社長が「週刊東洋経済」で、業績悪化の責任について聞かれ

   「くだらない質問だ。従業員が働かないからいけない。
    毎年、事業計画を立て、その通りやりますといって、やらないからおかしなことになる」

   「株主に対してはお金を預かり運営しているという責任があるが、従業員に対して責任はない。
    やれと言って(社長は従業員に)命令する。経営とはそういうものだ」

と言ったのと同等の面白さで、なおかつ窓の杜の正式連載企画です。

気に入ったので、しばらく観察日記(?)をつけようと思います。

太字が引用部分で、元々改行が無い文章なのでそのままにしています。
なお、私のコメントの一部は"#ffffff"です。

----------引用開始----------

第3回:オンラインソフト公開の甘いワナ 〜ソフト開発の盲点〜より
 オンラインソフトを世間に公開するからには、最低限でも2台以上のパソコン環境できちんと動くことを確認してから公開してもらいたいものだ。できれば自分で何台か動作確認用のパソコンを用意するのが望ましいが、できないなら身近にいる友達に試してもらったり、α版、β版として試験的な段階であることを明記してWebに公開して反響をみるなど、方法はいろいろあるはず自分だけの環境でちゃんと動いているからといって、ろくに動作確認もせず「as is(あるがまま)で公開しています」と宣言して放置するのは、ただの自己満足と言えないだろうか。有料・無料を問わず、インターネット上というパブリックな場に公開するということは、責任がともなうのだということを忘れないでほしい。

   法律に触れるわけでもなく、使用許諾書に免責を明言している著作物に
   どんな責任が伴うのでしょうか?
   使おうとしたのはあなたの勝手で、誰も使ってくれって頼んでませんが。
   サポート面倒だから、貧乏人やヒッキーはソフト作るなって言えば良いのに・・・

第29回:フリーソフト開発がもたらす利益 〜シェアウェアにしない理由〜より
 さて、ちょっと視点を変えると、フリーソフトを公開している作者だから得られる権利や特典というのも、一種の利益といっていいように思う。例えば開発ツールやDLL類のオンラインソフトの中には、フリーソフトを公開している作者だけに無料開放されているものが少なくない。また、シェアウェアの中にも、フリーソフト作者の登録は無料とうたっているものを時々見かける。こうした権利や特典は、直接的な金銭の授受は発生しなくても、実質的にはフリーソフト作者の利益になっている。

   配布する側から言えば、どんな条件で配布しようと自由です。
   で、それを使いたいから、フリーソフトを作るって人がどれほどの数いると思います?
   複数台パソコンを買ったり、時間を大量に費やすより、幾らか払ったほうが楽だと思いますが・・・
   自分で書いた文書忘れました?

第33回:オンラインソフト社会の構造改革(中編) 〜見直すべき現実と責任〜より
例えば総菜屋の店頭に「この総菜は自己責任でお食べ下さい」なんて書いてあるのを見たことがある人はいるだろうか。もし食べて食中毒になってもそれは買ったアナタの責任です、なんていうのは、日本の社会では通用しないはずだ。

   食べ物の品質は、食品衛生法という法律で定められているのですが、ご存知ないですか?
   当たり前ですが、賞味期限を過ぎれば、品質は保証されません。
   賞味期限切れを食べて下痢になるのは、当然自己責任だと思いますよ。

例えばお祭りやイベントなどで、無料でふるまわれた料理に食中毒が発生した場合、開催者や調理者は責任を問われないのだろうか。100円のお菓子に異物が入っていて、知らずに食べた子どもが腹痛で入院しても、お菓子メーカーの責任は100円分でいいのだろうか。そんなことはないはずだ。つまりこうした責任は無料だからとか、金額の問題ではない。

   このコラム書いた時、お腹減ってたのでしょうか?
   法律で定められている物と、著作物を同一視する考え方は理解できませんが・・・
   あきれて物も言えないのでツッコミは無し

著作物を世に公開して多数の人々に利用してもらうということは、それだけで何らかの社会的な責任が発生するものだと思う。特に昔と違って今のように、パソコンやオンラインソフトについて必ずしも詳しい知識のない人々が利用する機会が多くなっていればなおさら、利用上の責任を一方的にユーザーに押しつける姿勢は、いかがなものかと思う。

   パソコンに詳しい事(そのジャンルに詳しい事)と、各自が勉強しないことは関係ないのですが・・・
   各自で、分からないことがあれば調べるか、専門の業者に金を支払えば良いのでは?
   自分で頑張れば安くなるが、努力が必要なのは、車の整備やユーザー車検と同じだと思いますが。
   素直に、窓の杜は甘い汁だけ吸うから、クレーマーは開発元で対処しろって言えば良いのに
   つまり、
   「本を買ったら単語の意味が分からず読めない。責任取れ!」「英語の原書が読めない。翻訳しろ!」
   「クラッシックの音楽CDを聴いて眠ってしまった。責任取れ!」「ギタフリのCD聴いてやりたくなった。プレイ代よこせ!」
   「E-ROTICの曲を聴いて、性的興奮してしまった。責任取れ!」「茜たんハアハア。家につれて来い」
   という論理にも対応しろという事ですね?そういうのをクレーマーって言うんですよ

第34回:オンラインソフト社会の構造改革(後編) 〜責任の向こうにあるもの〜より
しかし、もしそのジャングルジムが錆びて壊れていたとしたらどうだろう。壊れていて危険なことを住民から通報されていながら、行政側が何もせずに放置していたようなジャングルジムに登った子どもが怪我をしたのなら、それは本人ではなく、まさに行政側の責任ではないだろうか。たとえ壊れているジャングルジムをすぐに直すことができなくても、周囲を囲って立ち入り禁止にしたり、看板や貼り紙で注意を呼びかけるということはできるはずだ。

   あちこちで叩かれているせいか、ちょっぴりまともな雰囲気を出してパワーダウンしてます。
   よく読んでいくと、言ってる事の本質は変わってませんが・・・

   確かに、バグやセキュリティ上の問題点があるのに、対処しないのは問題ですが・・・
   ただ、正論吐くならMSの製品をまっさきに問題視すべきかと
 今回ぼくが言う作者の責任とは、自作ソフトを世に公開する上で、作者が意図しなくても大きな危険が発生する可能性がゼロではないなら、ユーザーが守られるために最低限、すべての作者に科せられる義務があっていいはずだということだ。

   まあ、日本語で書かれた許諾書が読めない大人も多いので、気持ちは分かりますが
   義務(しなければならない)ではなく、推奨(したほうが良い)程度だと思いますけど。
   で、窓の杜の配布責任は?
コラムではないですが窓の杜FAQより
もし多数のアクセスの予想される大きなソフトウェアを「管理の都合上転載禁止」で配布する場合は、ミラーサイトを自分で複数用意しましょう(その場合同じドメイン内に置いても意味がないことはおわかりですね)。それが不可能ならむやみに「禁転載」にしないか、インターネットでの配布自体を控えるべきだと思います。

   一見、正論。
   よく考えると、作者の手間や思想を無視した暴論。
   著作物を転載するかどうかは、作者の自由意志です。
   百歩譲って、文句を言えるのは、サーバー提供者だけだと思いますが。
   法に触れない限り自由に使え、作者の許可無く削除しない鯖を提供してから言って下さい

2001/11/10作成
飽きるまで、しばらく観察日記(?)続けます。
2001/11/14更新